冬は、糸紡ぎや編物、機織りをして過ごすことが多く、夏のあいだに育った和棉を糸にするのがここ数年の楽しみのひとつ。
和棉紡ぎとの出会いは東京の用賀にあった東京コットン・ヴィレッジというジャズ・クラブ。マイ・ボトルならぬマイ・スピンドル(糸紡ぎの独楽)をお店に据え置き、仕事帰りのサラリーマンがジャズを聴きながら独楽を回す姿がシュールというか、可愛いというか。
原毛の糸紡ぎや機織りも好きだけれど、こちらは羊を飼うところから始めるのはちょっと無理。和棉なら種から育てるのもありかも、ということで、ローマで和棉を栽培することになった。最初の年はベランダで鉢植え栽培、でも、それでは埒が明かないほど少量なので、自家菜園をしている山の友だちに頼んでみた。快諾!2017年の暮れに最後の収穫の綿をどっさりといただいた。
2017年から2019年の暮れまで、いろいろとあって手つかずだったが、母の移住手続きが終わってほっとした段階で、まずは、栽培してくれた山の友だちに紡いだ糸で手織りの布を作ることに。これは、写真の木製フレームに5ミリ間隔で交互に釘を打ちつけて自分で作った機織り機で一本一本糸を通して織るという気の遠くなるような作業。でも、彼らは、それでは足りないくらいの労力と思いを注いで育ててくれたので、感謝の意も込めて、クリスマスにもなんとか間に合った。
母は、移住してからずっと編物に専念し、リビングの食卓の定位置で来る日も来る日もセーターを編み続けた。編物は母にとってのセラピー。制作意欲も衰えることはなく、雑誌をながめてあれこれ迷ったりして楽しんでいる。
最近は、小さな文字で書かれた製図が読みにくいらしく、大きく書き写してテーブルの前に置いてあげる。ときには、手が勝手に動いてしまうのか、間違ったまま編み進んでしまって、解いては編みなおす、その繰り返し。達成感というのを味合わせてあげたいので、完成することが大前提なのだけれど・・・時間はたっぷりあるので、慌てず急がず、ゆっくりまったり。
上の写真は母が編んだふわっふわのとっくりセーター。ちなみに、いまは頑張って次男のVネックのベストを編んでいます。わたしは、アフガン編みにハマっています。
↓和棉についての過去日記