灼熱のローマからこの山へ移動したのは6月のなかごろ。かつてのように「山だから涼しい」はもう成り立たなくなっていて、ここでも強烈な熱波に見舞われる。階下の薄暗くじめっとした共同玄関のホールには空家となっているお隣さんの物置があり、どうやらそこで大量発生しているパパタチという蚊の一種(日本でいうサシチョウバエ)が家のなかにも侵入し、母も刺されて酷い状態に。「蚊には蚊取り線香」とさっそく玄関口にセット。プールの後のお昼寝どき、おやつのスイカの香りとお線香の匂いに、遠いむかしの日本の夏、キンチョーの夏を思い出す。
硫黄の温泉プールも週に3回くらいのペースで通い始める。コロナ禍で閉業中だった併設のリストランテがリニューアルし、冷房の効いたガラス張りのお洒落な雰囲気と前方に源泉火山を見渡すロケーション、それに腕前抜群のシェフのお料理が気に入って、湯治の後はここでお昼ご飯、というパターンが定着する。
このところのアフリカ熱波でプールの水温も上がり気味、ノボセてしまいそうだが、88歳の母はひとり水の中へと泳ぎ出す。「大丈夫かなあ・・」広いプールを何周か泳いで満足気に戻ってくると、プールサイドの朝カフェが待ち遠しい母、クロスタータ(日替わりジャムのタルト)とカプチーノでサクッと決める。
硫黄の効能か日光浴のせいか、真黒の肌はツルツル、スベスベ、老い知らずの母は、これといったアレルギーもなければ胃腸も丈夫、強いていうなら心臓がちょっと、でも、ドクターは普通です、と。
変わったことといえば先々月「総入歯」にしたことかも。これまでは差歯に部分入歯をひっかけていたのだけれど、歯医者に診せたら「OMG!」、もう差歯の体力が限界に来ていてこれ以上は無理!迷うことなくすべて抜歯することに。
問題は食事です!二週間ほど流動食を作り、赤ちゃんの離乳食のような塩梅で少しずつ固めに。歯のないあいだというのは、鏡に映る自分の顔から受ける打撃から急に精神的に老いぼれてしまって、周囲も少なからずそれにつられてしまって、映像の刷り込みというのは恐ろしい。それからひと月もすると、あれはいったいだれだったのか、と思うほど。
いまでは母のライフラインとなったイタリー製の入歯、ケースをハンカチに包んで常に持ち歩き、「夜中だれかに盗られるとあかんからね」と洗面所から寝床に持ち運ぶ(いったいだれが入歯を持っていくのか!?)命より大切なもの。でも、これだけは、実際に経験してみないとわからない。そのうち、自分も母と同じ運命をたどるのだろう、いまの歯の状態からも察しがつく。
明日のEURO2020(サッカーのヨーロッパ・カップ)の決勝戦が終われば、この村にもまた平穏で静かな日々が戻って来そうだ。村の集会所では屋外にパブリック・ビューイングが設置され、花火も準備されている。FORZA ITALIA!
㊟ プールの写真は施設のサイトからお借りしています。