2019年7月24日

還暦祝いは北欧・バルト海クルーズに引き続きロンドンも ①






6月30日曇り、サウサンプトン、そしてロンドン1日目

イギリスはいつも曇っていて少し肌寒い。2週間前に船に乗ったサウサンプトンに戻って来ました。

このクルーズ船、わたしたちを下ろしたらその足でまた同じコースに出航するのだそう。そのため下船するひとたちはとても効率よく送り出されます。だって、もうすぐそこに、乗船客が待機しているんですから。

下りた先はがらーんとした倉庫のようなところでした。そこにスーツケースがポツンとわたしたちを待っていました。乗船のときはあんなに華やかで歓迎のシャンパンも振舞われ、大勢のスタッフが笑顔で迎えてくれたのに・・・さびしっ!

予約しておいたミニキャブでひとりはヒースロー空港へ。わたしたちはいざロンドンへ。

なぜロンドンに寄ることにしたのか?「ついでだから」というのが本音です。

ロンドンは2度目です。あれは遠い昔(かれこれ35年くらい前)のこと、フランス留学時代にアメリカ人の友だちとパリから電車でカレーへ行き、そこからフェリーでドーバーへ渡り、電車でロンドンへ移動するという、貧乏学生の旅でした。予約したB&Bは中心から少し離れていてバスに乗った記憶が・・。

当時は携帯もネットもありませんでしたが「トーマス・クックの時刻表」というのがあって、それを駆使して計画を立てました。日帰りでケンブリッジにも行きました。

そんなわけで、ロンドンもずいぶんとさま変わりしているに違いなく、ほとんど初めてのようなもの。友だちはというと、幼少時代を英国で過ごした帰国子女、ロンドンには何度も行っているようで詳しい。わたしは、ここでもまだ大船に乗った気分なのです。












ホテルはマーブル・アーチの小さなところ。広くて快適、朝食も充実していました。スーツケースを置いてさっそく市内散策。
























まずは、マーブル・アーチの地下鉄でオイスター・カードの購入です。スイカやパズモと同じようなもので、購入時にデポジットが5ポンド必要ですが、いらなくなれば残金(10£以下)と一緒に返金してくれます。ちなみに、コンタクトレスのクレジット・カードもオイスター・カードと同じ扱いなので、わたしはカードを使いました。



最初の目的地はテート・ブリテン美術館。ミレーのオフェリアが観たかったのです。とりあえず、カフェでひと休みしてから鑑賞のスタートです。





『プロセルピナ』、『シャーロットの女』、『マクベス夫人を演じるエレン・テリー』などなど、お馴染みの絵の実物がズラリ!お目当ての『オフェリア』が見当たらないので係員に尋ねると、残念ながら貸出中。「よろしければあちらのお部屋にポスターがございます」とは英国風のジョークでしょうか。仕方なくポスターを鑑賞しました(涙)

特設のゴッホ展に後ろ髪を引かれながらもテートを出て、テートの前に停まるバスに乗ってどこでもいいので中心へ向かいました。すると、前方にはウェストミンスター寺院とビッグベンが見えてきたので慌てて下車。






























残念なことにビッグベンは修復中ですっぽり覆われていました。寺院は日曜日なので入場できず。オフェリアから、ついてない。

重要な省庁が並ぶホワイト・ホールをトラファルガーに向かって歩いていると、左手に馬に乗った近衛兵が。バッキングガム宮殿に一直線でつながるザ・マルという通りに出ると、左手の遠くにかの宮殿が!



そのまま歩いて行くとナショナル・ギャラリーに出ました。とりあえず中に入って、カフェでひと休みしてからアタックすることに。



その決断が正しかったのか否か、とにかく厖大な数の作品、もう歩けないくらいに疲れ切って・・・。エルミタージュの比ではありません。さすが大英帝国、この絵画の数といったら!圧巻です。







岩窟の聖母

ただ、ゴッホの『ひまわり』は貸出中。そうです、先ほどのテート・ブリテンに貸し出していたのです。ちょっとついてない。

帰りがけ、ナショナル・ギャラリー近くにチケット・ボックスを見つけると、

「ちょっと聞いてみる」、とミュージカル好きの友だち。

まだまだ席は残っていて、『レ・ミゼラブル』か『アラジン』のどちらかで迷った末、『アラジン』で手を打つことになりました。前から2列目。ここではまた運が戻ってきました。

バスでピカデリー・サーカスからオックスフォード通りへ抜け(この通りの繁華街化が著しくて友だちは少しがっかりしていていました)、マーブル・アーチに戻ってようやくホテルのチェックインです。

ロンドンの初日はかなりハードでしたが、圧巻の美術館とミュージカルのチケットで大満足!




還暦祝いは北欧・バルト海クルーズ ⑪






6月27日快晴、ベルリン


ドイツのヴァ―ネムンデに寄港。町の名前はロストク、旧東ドイツ領です。この日はバスで3時間かけてベルリンまで行って観光です。ベルリンはもうポーランドに近いんですね。

ベルリンまでの添乗員はロストク大学の外国人留学生。車内では熱々のコーヒーが振舞われ、水やおやつの配給も。ドイツというのはもう少し活気があると思っていましたが、延々と続く田園風景にひとの気配はまったくなく、この広大な農場はいったいだれが管理しているのだろうと、それがずっと気になりました。



第二次世界大戦によってベルリンが西と東に引裂かれたことを知らないひとはいません。重い歴史を背負った町ベルリンに入ってから女性の観光ガイドがバスに乗り込み、東西分裂のあいだのさまざまなエピソードを語ってくれました。


まずは、ゲシュタポ本部跡の前の「ベルリンの壁」を見学。


そして、「チェックポイント・チャーリー」で降りて写真撮影。




その後はレトロなムード漂うビアホールでランチ休憩。

大盤振る舞いのソーセージやハンバーグ、ローストポーク、ポテト料理、ザワークラウト、もちろんビールも。デザートはりんごのストゥルーデルにカフェ。



 

ベルリンの象徴、ブランデンブルグ門のあるパリ広場を見学し、シュプレー川の遊覧クルーズへ。この川沿いには歴史のある博物館や大聖堂が建ち並んでいます。いつかまたベルリンを訪れる機会があれば・・・と思いながら眺めていました。










落ち着いた雰囲気の東側から西側へ移ると、当然のことながらそこは典型的な資本主義の街並み。ショッピングに割り当てられた時間はほんの30分、わたしたちは「アンプルマン・ショップ」へ駆け込みました。

アンプルマン(アンプル+マン=信号+男、ちなみにアンプル+フラウ=信号+女もある)はベルリンの歩行者用信号機のなかに映し出される像、それがちょっと可愛いのです。アンプルマンの保存運動が起こりショップができました。Tシャツやお財布、マグカップなどお土産に購入、このTシャツを着るたびにベルリンを思い出して平和を祈ろうと思います。

シュタイフのベアも気になりましたが、残念ながらとても時間がなくて。






ベアといえば、ベルリンにはあちこちに大きな熊が置かれています。カラフルなデザインが施されているのですぐに目に留まります。これは、バディ・ベアといってチャリティの一環なのだそう。ベルリンのシンボルは熊だったんですね。そういえば、ベルリン国際映画祭のグランプリは金熊賞(Goldener Bär)と呼ばれてたっけ。










ベルリン観光が終わると、残すところ2日の海上生活のみです。サウザンプトンまでのあいだ、のんびりと船旅を楽しみながら、帰りの支度もしなければなりません。

最終日のランチ・ビュッフェでは有終の美を飾って「Extravagant」と題する贅沢なお料理がずらりと並びました。そして、厨房で働く料理人総勢が姿を現し、ホールは拍手喝采。

















2週間のクルーズの旅もいよいよ終わりが近づいて来ました。