2020年8月25日

母、86歳、イタリアへ移住する ② Mamma, 86 anni, si trasferisce in Italia, definitivamente!

 


移住までの母の住居となった介護施設は新築の高層ビルで、ホテルのロビーのような立派な大理石張りの受付ホールには豪華な胡蝶蘭が飾られ、水槽には優雅に熱帯魚が泳いでいる。明るいイメージでスタッフも笑顔でとても親切だ。この環境なら母も気に入ってくれるに違いない。この施設を推薦してくれたのは、統括センターだった。遠方にいるわたしにとって、駅に直結している立地は最適だろうと。

搬入した荷物を箪笥や戸棚にきちんと整理して翌日また訪れると、荷物はもと通りに片づけられて「いつでもすぐにここを出られるようにしておくの」と母。

「ここがこれから家になるのよ」と、もう一度整理して立ち去ると、また同じように片づけてしまう。いったいどういうつもり?また家に戻れると思っているのだろうか?認知症が進んでいるのかも知れない、と心配だった。

新しい生活のなか、たまに訪問客があると母はとても嬉しそうだった。食事も楽しみのひとつだっただろうし、看護婦さんやスタッフとのやり取りだけでも新しい生活は母にとって刺激的だったに違いない。もしひとりになって介護が必要になったら、わたしでさえ入りたいと思うような場所だった。

ただひとつ、契約には保証人とは別に身元引受人も必要で、海外にいるとそれがネックとなる。連絡は電話のみで、メールでのやり取りは一切できなかった。従弟妹たちにすべてを任せていくには少々重荷のような気がした。

9月、イタリア移住のことを話すときが来た。やはり日本を離れるのは抵抗があるようで、できれば住み慣れた町にいたいのだと言う。置かれている現実がまだ把握できず、また以前のような生活に戻れると信じているかのようだった。

こころを鬼にして強硬策に出るしかないのだろうか?母の生まれ故郷で兄弟家族に送別会の席を設けてもらい、そこでじんわりと説得することに。もはや移住以外の選択肢はなく、これは不可抗力なのだ。

出国のひと月前、介護施設を引きはらい、母を車椅子に乗せていざ東京へ。

86歳まで暮らした町との別れだった。

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